軍事クーデターなど今思えば、誰もが眉をひそめると思う。
武力を持って総理大臣など重臣を暗殺して首都を麻痺させるなどもっての外だ。
所が実は当時、そこまで青年将校は嫌われなかったようだ。
もちろん、反対の人や、恐ろしいと感じる人も多くいた。
けれども、同じぐらいの数で決行当日は応援した人々がいたという。
例えば占領した陸軍省には多数の差し入れがあったようだ。
酒、炊き出しなど、青年将校に頑張って下さいと渡したようだ。
占領した山王ホテルの支配人も事後は、怖かったといっているけれど、
気持ちのいい将校で食事を出したと言っている。
ただ当時はすぐにマスコミに規制が入ったそうだ。
だから余り細かくは国民市民には発表されなかった。
どうも何かが起きている。
重臣が暗殺されたらしい。
現在、占領されているようだ。
内戦が起こるかもしれない。
その程度の知識だった。
それでも、昭和維新軍が占領する陸軍省の周りには人の山が出来たという。
目の前に機関銃が置かれて、銃には銃剣がつけられて、
将校も兵隊も血を見てきた興奮状態にあるのだから恐ろしかったはずなのに。
そして民衆は青年将校に、演説を求めたという。
将校も民衆のリクエストに答え、演説を繰り返したようだ。
何人もの青年将校が入れ替わり民衆に昭和維新決行の意義を演説した。
そしてその演説は概ね民衆に受け入れられたのだという。
軍事クーデターなどの暴力的な行動に眉をひそめる現代ではわからない。
何故、支持されたのかはちょっとうまく説明が出来ない。
ただ確かに、帝人事件をはじめとして、十件にも渡る政治汚職事件が起きていた。
政治はこれでもかという勢いで腐敗しているのは明らかだった。
そんな中、満州事変以降、財閥は軍需産業でまるまると太っていく。
財閥が大きくなると中小企業は軒並みつぶれていって失業率も過去最高になる。
それなのに、軍事費は税収の半分以上を費やし、戦争の気配が漂う。
青年将校は満州への出征が決まっており、
一部の軍閥、財閥、政党が太り、自らの部下を銃火にさらすという状況に、
多くの民衆は同調したのかもしれない。
三国志などを読んでも、腐敗した政治を倒す団体を民衆が推すのは、
実はそんなに珍しいことではない。
今、現在、平和な世の中だからこそ、信じられないだけかもしれない。
事件を起こす前から青年将校は多くの民間人に支えられたようだ。
一番有名なのは、赤坂の竜土軒という料理屋だろうか?
憲兵などが調べにきても店長は袖にしたのだという。
青年将校はお金も無く余り料理も注文しなかったのにだ。
他にも民間で今の数百万円に当たる金を寄進している人もいたようだ。
民衆の支持というのは行動を決意するのに大きなファクターだったろう。
国民がやせ衰えていく中、闇献金などを繰り返す政治家は恨みの対象だった。
現代と違って、餓死者が出るような時代の恨みはちょっと想像もつかない。
しかし市民には情報がその後も公開されることは無かった。
事件中だけでなく、裁判すら公開されなかった。
上告もなし。
弁護人もなし。
公開もしない裁判。
のちに暗黒裁判と呼ばれる。
彼らの裁判が公開されていた場合。
市民は、どんな反応をしたのだろうか?
そういう意味で戦前はやはり民主主義ではなかったようだ。
「恋が散る、雪が舞う」特設BLOGです。
2006年07月23日
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